人権について、根本的な改善のためのアイデアとして(素案)デフリンピックの記事を見て。
オリンピック・パラリンピック、デフリンピック、何れの取り組みもプロセスが逆である。
1.これらの競技大会に一貫していえるのは、前提として障害を持つひとと健常者という境界線が強く意識される
2.競技種目の選定においても、本来はその壁をできる限り薄くしておくべきものである。
3.したがって、参加するメンバーに健常者・障害をもったヒトの別なく、全く意識せずに同等の結果がもたらされる競技を大会の種目として選定する思考が必要だ。
4.仮にそのような種目が少ないのであれば、そういった競技を増やさなければならない。
以上。
なので、現在、行われている表題の大会というのは「過渡期の一時措置」であるが、目指す大会の理想的な構想自体を見直す必要があると、通常の概念では考えうる。まだまだ、前時代的な理想に遠い範疇で運営されていると言わざるを得ない。
「発想の転換が必須ではないか?」
現在起きている、人権についての価値観の反動的(時間軸の逆転)を越えていくためには、そのときどきの時代に左右される程度のものでは人権感覚をドラスティックに転換することはできないと思われる。歴史は線上に記述されるケースが多いが、新しいものには、逆のプロセスからの視点が必ずセットで必要だろうと思われる。
つまり、多数者の視点に「硬直した価値観」が相当に根深くはびこっている以上、そのルーツの部分から見直す必要があるということを想像しなければならない。それには双方向の立場の入れ替わりの体験などがないと、この分であれば、身近なものとして「人権」を初めとした各種の価値観の実際の理解は起きないし、為政者についていえば、人権への理解があろうがなかろうが、形式としてこのような大会を実行するだけでよいとなる。それで充分であろうか?
ただただ、参加者の可能性を開放する仕組みをもっと強靭に進める何かの装置を設けて、それが稼働することを期待するほかない。
今ある取り組みとして、最初に有効と思われるのはこういうことなのではないか?
www.creativewell-conference.jp
別に東京が中心であろうと、パリでも、大阪でも、北京でも、ロスアンゼルスでも構わない。
一点、厳しい事を書くならば、開催終了したのちに「PRTIMES」へリリースなりが出るというのは、順番が逆であろうかと。気づく人も気づけないではないか?
閉会後、10日してメディアに発表するのは、やらないよりは良い。が、プレスリリース上、意味をあまりなさないではないか?
写真作品の展示展開や表現の変化について
さて、これも即興で纏めた写真達だけれど、ある程度の説明も要るのではないかとも思い、書いてみた。
https://note.com/ken_k_the3rd/n/ndf7ad8650f0f
今回のセレクトの参考資料はこちら。
https://www.designstoriesinc.com/panorama/sylvain_cardonnel/
写真だけでは、どうにもならないので新たな展開を模索中。
参考資料を読んで即座にセレクトをした。解釈を広げるために。
「日本的」という態度があまり好ましくない。少なくとも東アジア~東インド文化圏くらいはカバーしたい。
写真表現の最大の弱点は、写真展を開催する事自体が「最大の目的」になりがちである事。展示は自己開示の場として有効な場合が初期には多い。しかし、少しでも実態以上に評価を始める人々が必ず現れ出す時に、発表のペースや方向性や、表現範囲の確認を行い、それが、最適なのか?という自問自答をしなければならない。
さもなければ、作品は属人的な評価にとどまりがちであり、本来目指すべき普遍性や発展性の面でいえば、権威からの意味なき影響を多少でも受け、それが純粋さと瑞々しさを失わせることに気づきにくい。
ある範疇までたどり着くのに、10年はかからないだろう。早い人は、3年で十分だ。その後、誰かの系譜をなぞるのではなく、開拓する道筋を見出す為に「立ち止まる」必要もあるのではないか?
その時、人は変化が加速度的に増加し、その年齢までの様々な体験、経験的な要素が統合的に絞り上げられつつ、再生産するように、作品の根幹が定まるのだろうと感じている。
そこから、その確固たる価値を如何に展開するか?という新たな難題にぶち当たるのだ。今はそこにいる。
つまり、分離派的な動作が内面で自然に立ち上がってくるのだろう。
※私が自分の写真について何かを説明するというのは、どこぞの知らない古い知見の権威や得も知れぬ研究者モドキをけん制することである。そして「自ら認める研究者」以外から、そうそうに過剰によくも悪くも評価をされることを徹頭徹尾拒否し続ける態度だからだ。
ここ、私なりに写真の位置づけを明示したのだけれど、視座を広げないと写真をやっているうちに、何かをなす以前に、「私たちが存在できるスペースがなくなっちゃう」でしょ。そこを前提にして組んでいかなきゃならない。そっちは待ったなしだから。
「妖怪の孫」というのは、ここにいる限り誰でもなり得る -倣うなら良きものを-

「妖怪の孫」
安倍晋三のコンプレックスの解消方法は、実祖父の誠実さや義憤にみられるような良質な資質に希望を見出さす思慮深さを持たず、安倍家の実父や実祖父に遠く実力が及ばない自らの欠損を安易に外戚の祖父、つまりWW2の戦犯である「キャッチ―な妖怪、岸信介」のネームバリューに頼り、安直な現代版の模倣に寄ったところにある。
そもそも大学をでていながら、そのレベルの一般教養も持ち合わせるつもりもなかった人物が、まるで鍵十字の独裁者に似たような「私的なコンプレックスの解消方法」を、公共の事案として場違いな場所で実行したのが、致命傷だったのだろう。
タイムワープしたかのような話だが、歴史は、誰が権力者であろうと「固有名詞」が意味をなすのではなく、「固有名詞」は「時代の背景と弱点を突いて立ち現れる」のであって、その三本の矢は一本もあたらなかったに等しいが、「元の一本の太い折れない矢」はその地域性でいえば「毛利家」のそのもののだ。小豪族だった姿「初代」にそれは宿る。毛利元就というのは、ただの小豪族に過ぎなかった。ただ誰もが知る「地図」を形成した。
しかし三代目になって、ぽきりぽきりと折れていくのが小早川・吉川・毛利の三家に分かれた事をくりかえしたかのような空虚な「晋三」の「三」である。
さて、飛躍しすぎた。本質的なことに触れたい。
それは、関ケ原から400年を旅しても「人類が何も変わらない事」を示唆している。
また、世界共通の「人類(ヒト)」の持つ「プロトコル」でもある。
しかし、それから250年後の幕末でも、薩長という怪物と妖怪は、純粋な土佐や肥前ともことなり、また、1000年以上前に北関東あたりまで元来の住まいとしていた、蝦夷と云われる、現代の「アイヌ民族」の基となる系譜を侵略しつくし(坂上田村麻呂)、鎌倉時代に、坂東武者の土地と云われた関東の平野に「一度」、さらに明治維新で関東に政府を構築しても変わる事はない。
隠然たる権威と権力で「陰鬱な水面下の謀略を好む」陰湿さを列島にまん延させ、社会を閉鎖的に頽廃させ続けた権力者の権益保持のための憂鬱さの押し付け的な態度は、それ自体が罪深さでもある。
現代の新自由主義では、経団連は、ひたすら「イノベーションなしに、貨幣経済の利益と権力を維持しようと」政権とバーターのディールを行い続け、民衆という存在を集票マシンとすることに専念したように見える。
その方棒を担いだのは「SNS」であるし、自らの義務を放棄したのは、主にメディアだった。新たなる戦前だろう。経団連の振る舞いは狡猾に極み、権力者を見極めるのに本能的でさえあるようだ。
ようやく、近年その亡霊の陰?(亡霊に影かあるのか?笑)が薄れたと思っていたが、現在、残念なことにその亡霊を影でもう一度担ぎ上げているのは、連立政権のパートナーだ。
本来、鎌倉時代の日蓮の「立正安国論」で「国家諌暁を正面から実行した仏教」の最東端まで到達し、深化した派閥団体である。
国家諌暁どころか、国家滅亡の方棒を担いで20年ちかい。
支持母体の社会階層は、共産党とほぼ同じである。
それらが、対立している事自体が、そもそも権力に分断されている実相である。政治的に支持しかねる。こと、代表が変わったばかりだが、女性の竹谷氏はどうしたのだろう?浜四津氏は非常に残念だったが、その資格に十分だったのでは?
与党になって以来、最早「知性」と呼ぶべき行動は薄れていき、権力のシモベになっていった。そういう意味でも私も母方の「三世」であったのは事実であったので、私もまぎれもない「妖怪の孫」とも云える。
生まれて、3か月後に自らの意思と関係なしにその組織にいたのだから。自らその因習的態度を断ち切る必要があったのは自然な判断だ。仏法自体を否定しない以上、それと相反する組織に属することも支援することにもまったく理由がない。
さて、少し角度を変える。
人類の習性は変わらない。ただ、私のような縄文人的な性質の人間にこの島は住みにくいのだ。そもそも移動すらしにくいし、すべてが狭い。
「三」というのは、古来日本では良い数字だというが、私にとっての「三」は、祖父からの名を引き継ぐ「三」代目としての「三」であり、祖父は故郷を捨てて坂東に出てきた長子だった。私もそこから「三」世代目の長子だ。
故郷から距離を取り、祖父の良き態度であった、次の土地への移住を求めてもまったくおかしい事ではない。
名前だけの「国」という概念にとらわれては、自由も平等も博愛もあったものではない。(「美」「利」「善」であっても同様だ、それは価値を侵食するものに対する抵抗を日蓮のように行った価値教育体系の骨髄なのだから)
そして、より条件の良い地へ移動するのが本来の私のありようでもある。そして、それは生物としての「ヒト」の本来の姿であろうといえないか。
そもそも「国」というフレームワークについて、国を守るのであれば、なぜ国という仕組み自体を守るのか?明確にしなければならない。
私的に言えば「国」というのはその地域に所在しているひとびとが如何にその存在を尊重され、人間的な扱いを平等に受ける事ができ、文化的で最低限の生活が営めるか?という「ヒトというより人間としての知性と人間の存在の意義と可能性に最良の意義を与えるもの」だろうと考えている。
したがって「国」というものが存在する理由は「我々を知的文化的に守るもの」であり、「民が国という概念を守る理由は宗教的理由以外に存在しない」ということだろう。であるなら宗教性という普遍性の高い価値判断においても、原始的・原理主義的なものから、普遍性と現代性の価値の広さのうち、何をよすがにしているか?という判断を排除できないはずだ。
さて、晋三のように、祖父に倣うならば本来「より良き」要素を引き継ぐべきなのだ。その逆はたやすく、安易で、不誠実なケースが多い。世襲議員を見れば一目瞭然だ。近畿大学の創立者の子息のやり口、和歌山での選挙はいわば「支配地域での野蛮な印象操作」ですらあろう。
ヒトという種は、流動的であらねば「あっという間」に、よどみを発症する。それは権益を持つ者にとっての甘い罠だろうし、民の意図を分散させる事で簡単に実現する悪意ある政府の民衆操作であることは歴史を振り返れば例示に枚挙はない。
「安定」という偽善的な旗印が如何に「安定=権益の民衆支配の構造的強化制度の「安定」」であったか、思い知ったはずだ。
そして、「支配層の入れ替えだった明治維新」を模した「維新」という団体に付け入るスキを与えている。ちゃんと把握し、確認しなければならない。
「維新」という用語は「クーデター」とほぼ同義であり民衆一般に何も利益をもたらさない。
単純な、看板の付け替えが現象として顕れただけだ。
であるから内実も単純で何も見るべきものがあまりない。勢力の命名規則についても、文字通りだ。そして明確にしておきたい。
明治維新で有益な働きをした幕末からの人物は、はかったかのようにすべて明治初期にはいなくなった。
つまり維新には国家観などはほぼ存在しない。人材などもとよりいない。単純な現象であるし、計画された狡猾さを持っている。
これも、ある種の「妖怪」だ。妖怪は日本の風土史に有用な価値があるが、使い方でこうも逆転する運用になるのも、不思議なことでもある。
「妖怪の孫」
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CBGD4F5R/ref=atv_dp_share_cu_r
冒頭にもどろう。
コンプレックスを解消するなら、その背景が大きいほど、安易な道筋とは決別しなければ、世間のいう「親の七光り」であろうし、それは偽物のブランド志向をあおるものでもある。ブランドは「内実と印象が一致している」限り有効であるが、それが失われているのにも関わらず、それに経済的価値や政治的な旗印として「担ぎ上げられやすい」ものも含んだ用語でもあろう。
つまるところ、政治の最大の弱点は「ブランド志向」であるし、そこに評価すべき「実体」が失われていることに「無頓着」な我々市民の、マゾ的性癖の重層的な悪循環がもたらす「ヒト」という種の悪癖を見つめなければならないだろう。
それなしに無意識に権力に加担したときに最悪のケースが歴史的に立ち現れる「腐敗」ということだろう。「批判精神」の欠落、その「誤解と恐怖」が、それを助長し続けている■
※この記述は、私にとって準公式的なBLOGにも、現段階ではそのまま掲載するつもりだ。周りの様子をうかがって表現を委縮させる必要はない。他の記述で述べたが、戦国時代であればとっくに寿命である50歳なんてものは、自らについては三年程度先まで考えておけば充分だ。無駄に長生きしても仕方がない。長生きする意義があれば無理をするというだけの事だ。それが私にはあまり多くないということだ。
「未来の地球が果てしなく遠い」記事の楽しみ方を考えてみた
最初にこの記事を読んで、浮かんだ言葉は「この記事は人類以外の誰かへの読み物ですか?」といった感じの感覚だった。
義務教育レベルでも、天体については少々学びますよね。
星座で言えば「冬の大三角形」とか、「オリオン座の一等星」などなど。僕の時代は教科書の進行と季節が「冬」だったので、そうだった。
今は知らないけれど。そもそも冬の方が大気にもやがかかったりしない、空気が澄んでいるケースが多いのでそうなのかもしれないね。
宇宙の話をするときに、天体観測を扱うのはいいんだけれど、それが現在の我々とどのようにつながっているか?という重要なモジュールというか、接続ポイントについて語られるケースがほぼなかったように感じる。「太陽の黒点を観測する」とか、体験としてとても大切なのだけれど。。。
太陽系であれば、現段階で「オリオン座ベテルギウス」のような状態に太陽という恒星があるのか?ということなどは、私でも同じように興味はあるけれどね。
(小学生高学年だっけ?オリンパス OM-10を三脚に設置して数時間のバルブ撮影をしたことがある。これが写真の最初の体験といっていいかもしれない、うっかり忘れていたかもしれないけれど。緯度の高いところにベテルギウスの三時間分の赤いラインと、その対角線上にリゲルの白いラインがDPEの窓口で受け取った写真プリントに現れて、結構うれしかったのだ。それは教科書と授業に触発されたからだと思う。)
そういう意味で、宇宙空間への思いをはせるためのトリガーとなるので、必要なんだとは思う。白色矮星もその次のパターンのひとつが、ブラックホールだという可能性の話も昔から現象そのものについては教科書の範疇だった。
さて、転じるのだけれど、
宇宙の話は太陽系についていえば、より身近になるかもしれない。
太陽の活動が少々変わる事で、地球自体に影響がでるのは最近ではオーロラが緯度の低い地域でも見られる現象があったので、結構多くの記事が出回っていたからね。それに付随して様々な現象が起きるのも言われているから。
ここからは、ちょっと僕も疑問を持っているけれど、専門家の出番なのかもしれない。
「太陽の活動の起伏と地球温暖化の関係性」についての研究がどこにあるのか?
どうなんでしょうね。関係あるのか、そこそこわかる事があるのか?具体的にわかっていることがあるのか?もう結構判明しているのか?
どのあたりの科学研究がされているのか、そのあたりが肝になりそうだと感じるんだよね。地球温暖化の目標設定にも大きく影響するはずだから。
「ヒト」が行っている活動のみを抽出して、気温の上昇抑制目標を策定しているとすれば、その時点で前提が合わなくなってしまうし、そもそも自然を相手に「前提条件」を設定するというのは、計画段階で「甘い」とも思える。「ヒト」が地球上の支配者であるという暗黙の認識がどこかにくすぶっている。
ただ、温暖化の気温や海水温度の上昇抑制目標は、ないとまったく「ヒト」は手も付けないだろうから必要なのだけれど、その基準は、もしかしたら想定以上に現在設定されているより厳しいのかもしれないし、正直なところ、良く見えてこない。
こんな場合は、何か根本的な発想の転換が必要なのだろうけれど・・・・
(私はこの手のネタに紐づいたものばかり書いているようにも思う。「すべての分野の専門家」と「一般人」の「壁」がとても邪魔で「コミュニケーションが有効に機能していない」という書き方、あらゆる「壁」を意図せず作る習性にも疑問符を呈したい)
それ以前に、温暖化へのアプローチが後退していく中でこの記事のような「ヒト」から見るとすさまじく長いスパンの「ストーリー」の語られ方が「有効」なのか?という疑問がある。
この記事を読むときは、娯楽の一種としてとらえるのが適切なのかもしれないと思ったりする。
「未来の地球」にヒトっているのかなぁ?と、記事自体が他人事だろうし、私もこの記事を読んで、「あー、すごい壮大なストーリーだな」と、ふむふむとうなずくのだった。
教科書の副教材で使ったら面白いかもしれない。だって、確かに天文学は僕らの現在地を知るために、結構大切な役割を果たしてくれてきたんだから。
「elation」-高揚感- 「きわめて初期の写真作業」
写真学校に入って、最初の課題は「自我を捨てる作業」。 自意識や美学をブルドーザーのようにいったんペッタンコに薄くして、夜の街を彷徨い集まったコマをセレクトすることによって、39年(当時の年齢)の今まで刷り込まれていた「美しい」とか「価値がある」という概念を再構築する作業だった。
要は面の皮とか、見栄とか、そういった虚飾を剥がしていく作業。それを取っ払ったところに、本来の何かがあるって気づくための作品。
「elation」-高揚感- と、後付けにしたのは、虚飾をどこまできれいさっぱり捨て去って、自然に自らの本質に迫れるかという写真に取り組む際の基本動作。
作られた「美しさ」や「価値」の見直しの結果。 達成度は、50パーセントにも到達していないね。 時に、Nikon D7000を唐突に、会った方に渡して人の見る自分を無意識に撮ってもらったり、立ち飲み屋の壁に反射する自分にシャッターしたり、アングラな場面で鏡を見つけて撮ったり・・・・ 表現者に「恥」の概念は不要だ。
あるがままをどこまでも、顕せるかがその時の一番の課題だった。2014年かな。
自分も見つからないで、迎合した写真を量産する予定は相変わらずない。
【自分をはがし切ったといえる時に、実は「本当の自分」が浮き出てくるのを見つめる事ができるのだろうと思います】
本当の写真をやりたいとおもいませんか?
【注意書き】
オトナむけの記事です。こどもには見せないでください。そもそもこどもはもっとそのままの姿をもっているので、不要です。まぁ見せるヒトもいないはずですが。
「赤瀬川原平」の「ふしぎなお金」から現代の病理へのヒント

まぁ、貨幣とか紙幣は極論「紙」だからね。バーチャルなんだよね。だから「モノ」が優位なのだ。紙に印刷した「仮想的な信用」で、価値が変わる。新NISAが始まって加速したね。トランプが当選し、急激に貨幣や紙幣より不安定な「暗号通貨」が幅を利かせ始めている。マゾ的変態だとおもうねぇ。だって、市民が自ら自分の首を絞めてイーロン・マスクやらに、上納金を納める構図になってるじゃん。あれ、気づかない?

流石の赤瀬川原平、紙幣の汚れは「人間社会の垢」みたいだとね。
垢にも、色々あるけれど苦労して積み重ねた結果の垢の意味じゃないね。汚いものの総称だからねぇ。赤瀬川原平は容赦ないね。いいたくなかったけれど、いうタイミングでもあるかもね。

で、悪貨が良貨を駆逐するという話なんだけれどね。江戸時代だって、小判あるでしょ。金の含有量が変わったりするんですよね、時代によって。だったら、手放すのはその金が少ないほうでしょ。それ、建て前だよね「小判」には概念上変わりないもんね。喜んで、交換しちゃうのが現代。
政治家は建て前しか言わん。で、世襲の議員がこの「プライベートな内部」だね。世襲のことね。ある意味「内実が失われたブランド」の方が現代的かな?それでもブランド漁りがやめられないのが「ヒト」って「種」だ。

ある種の「ヒトの業」みたいなもんだから、そこから逃れられない。なので、冒頭の『貨幣とか紙幣は極論「紙」だからね。バーチャルなんだよね。だから「モノ」が優位なのだ。』って書いた。
「モノ」を次世代にどのような「リアルさ」で、とらえて伝えるか?
実体から乖離する、バーチャリズムがお好みの「ヒト」という種は行き先が見えている。良いヒントを得たね♪
時代が悪くなると、良い知恵がでてくるね♪
ついでにというわけにはいかないネタだけれど、「久保舎己」(くぼ すてみ)氏の「木版画展」の図録を紹介しておきたい。これは「原爆の図丸木美術館」という埼玉県東松山辺りにある美術館の図録。タイトルですでにモノ申しているが、「ヒト」が「正気を取り戻す」には、この10年ほどで完璧に破壊された「モノの価値の再確認」が必要だろうと思うわけだ。バーチャルに行き過ぎでしょ。
バランスがかなり悪い。ゆり戻さなければ「詰み」ってのはわかってるんだけどねぇ。
はい、まだ多分、在庫がありそうな雰囲気だった。

そんな感じで、悲観しないで大丈夫だよって話ね。
まぁ、今の仕組みは「地球上のあらゆる資源を加工したり「変形」させて商品にする」上、「成長を続けないと破綻する」仕組みなので、「ヒトの住める場所が減っていく」のは、当然の帰結なんだけど、なんで気づかん?難しくないよ。実際のアマゾンの森に手を出したら最後じゃん。ね。
そうそう、だから若者のこういう行動は素直さと危機感を表していると思うんだけれどねぇ。
ね、だからさ、写真家とか「だけ」やってるわけにいかないって気づくじゃん。写真はモチーフだって。僕はね。写真だけやっている間に写真作品自体が消費対象になるでしょ。そうしたら、元の木阿弥じゃん。もう、気づいたでしょ。
あとね、「ヒト」の業だけでわからないものがあるんだと思うんだ。そこは科学じゃ追い付かない。僕らだって色々な体験を経験として積んでいって「モノにした思考の背骨」みたいなのがあるでしょ。その先は社会にそれを展開し続けていくし、その過程でまた変わっていく、進化なんて「ヒト」はしていないから。変化はしてるけれどね。
その、理解不能なあたりはあまり触れちゃうと、多分、書くには整理がつかなくなる。まぁ、そのあたりは心配いらないかも?
一応の自己紹介じみたもの(30分で書けるところまで)
全部でも書こうとしたら、多分、数時間かかるだろうから、30分一本勝負でつらつら書いてみたのがこんな感じ。
【自己紹介みたいなもの】
生まれは1974、大田区蒲田。というより「六郷病院生まれ」である。が、今はその病院はない様子だ。幻だったのかもしれない。ただ、新蒲田三丁目(宮元商店街の入り口付近)の祖父母にお世話になった映像的な記憶は明確だ。それ以外はぼんやりしている。5歳半まで。最近、祖父が長子でありながら佐賀県から東京の多摩川の中流域の世田谷区あたりに住み着いていたことを知る。戦火の中を焼夷弾から逃げながら、ほぼまっすぐ南下すると確かに、蒲田の六郷近辺に行き着く。土地は借りて家は作ったらしい。佐賀県の伊万里出身だと最近判明した。一族とほぼ縁を切って東京に出てきた理由はほぼ誰も知らない模様。私も知らない。教えてくれなかった。※ある意味似てきたか?
ものぐさである。
だから、髪は昔は2~3か月に一度しか切らなかった。
今は、少し長くなると余計に面倒になるので、月一である。バリカンを使ってもらい、清潔感があれば十分だ。表現は容姿や衣装でするタイプではない。ただ、その場にふさわしいスタイルを意識はしている。
なので、唐突に知らないドレスコードの招待を受けた時に、かなり慌てるような人間だ。
(そういうときは、事前に予定を確保して伝えてほしいし、今からお願いとかその手の場合は勘弁だ)
少年期は野球部だったが、中学3年次に陸上部が新設されたのを機に、さっさと陸上部に転籍。
野球部の監督に、中学生にして「野球を愛していないのか?」と詰められる、笑
愛してるとか、中学生に言うもんじゃない。
(期間限定の合唱部に呼ばれたときも、同じことを言われたので、野球はもう見る事以外はしない。散々である。)
結局、個人競技が一番性に合っている。サラリーマンも相当無理がある。頑張って40歳くらいまでやってきて、それなりに経験は豊富なつもりだけれど、結果を出せるときはほぼ「単独行動」を、自由に容認される職場だったので、管理されるのが無理ということだ。現在50歳。もう、戦国時代なら寿命なので隠居したい、笑、が、やりたいことはある。
特に、公共営業の時期は、某省庁のe-Japan関連の入札案件に食い入ったがために、底なし沼に足を取られそうになる。だが、落札はした。鎌倉工場に恨まれていると某大手担当に脅される。笑
秋葉原の家電量販店で、中古カメラを販売する接客のメンバーとなる。
そのころ、中国北部からやってきた「張」というガタイのいい奴とコーワーカーとなる。意見をすると「俺に何か注文を付けるのか」と、胸倉をつかまれるがしつこく付き合っていくうちに、目標を共有するようになる。
同じように、バングラディシュのメンバーたちと交流をするようになる。そんなことは、国内でもできる事は知っていたが、この時期が一番濃厚である。
その家電量販店をやめた後に、バングラのメンバーに共同でビジネスをしないか?と誘われるが断った。それ以前にもインド系の地元で(その時期は市川市妙典地域)農業系ビジネスを共同でやらないかという誘いを別の場所で言われたが断った。
※インド文化圏は結構ビジネスに貪欲だ。そういう話は日常的だと思う。
それ以前に、医療系のシステムベンチャーの営業に誘われ、田町~浜松町あたりのインド文化圏のメンバーにもなったことがあるが、英語を書くことについてはまったくビジネスで通用しないので、挫折する。
ちなみに、今更だが、中学はその時期の新設校だった、市川市の妙典中学校だ。一期生は、二年次までプレハブだった。野球部所属はその時期だが、監督が同時に英語の専門だったので、英語は中学までは特別に大嫌いだった。
ただ、単純に英語じゃなくって、中学基礎レベルでも英会話は何とか成立することを体験上知って、特に家電量販店では積極的にインバウンドの来客の接客を楽しんだ。
フィジカルは強い方だと思う。見た目は理系だけれど、高校時代にスポーツテストで全校二位だった。確か二年次かな。一年次も同じだった気がする。三年次にスポーツテストがあった気がしない。千葉県の市川東高校出身だ。ひとつ上の世代の陸上部の先輩のメンバーが県立ではありえないくらいレベルが高かったので、自然に引っ張られる感じで記録が伸びた。
ちなみに、自らの世代はボロボロだった。陸上部副主将、長距離部長と言えばいいか?その任に適さずだ。
中学校までに、学校の試験というものは中間・期末テストは二週間程度前に「自分で試験勉強の時間割」を作って、それをやるだけで平均点は80点は行ける事を確認する。その強度を上げれば85~90点は5教科でアベレージを作れた。が、英語があほみたいに嫌いだったので、結局80点くらいに収まる。笑(なので、塾に通ったのは受験前に3か月程度で、しかも駅ビルみたいなところでさぼっているのが関の山)
色々書いてもいいんだけど、長々とくだらない話が多いので、適当にこの辺りでやめる。おおざっぱに、30分程度書き始めてから経過した。では♪
追記:誤ってフォローしていた方を自ら「あっ・・・」とフォローを外してしまった。意図せずに、通常、意図してフォローは外したり新しく入れたりしているのだけれど、痛恨の失敗を早速今朝からしています、あーーー、結構いい記事だったんだけれど。
切り替えていきましょ。
#簡易自己紹介
#勝手に書いてみた
何となく感じてること、テレビについて
テレビって、このおっさんでもあんまり見なくなった。
たまにいいのがあるから、これはほかでは見れんな!ってもの以外はネットでも、テレビでも良くなった。あえていえば、ラヂオの方が面白かったりする。
(ラヂオには問いかけがあって、仮想的な双方向と視覚の分を想像する楽しさがある)
たぶんさ、「マス」+「メディア」ってのが、終わったんじゃないのかな?
だってね、今、このおっさんだって、見たいコンテンツは自分で探してきて勝手に見てるよ。そこには結構、生の情報とか感覚に近いものから、遠い世界みたいなバーチャルなものまである。
テレビの逆なんだよね。
特に、テレビの定型文が「もういいよ、無理しないで」って感じに見えちゃうんだよね。ほかの産業と同じで、ずーーーーっと、構造が同じなのが透けて見えちゃうんだよね。古い。古いのが良い部分もある、だからそこの良い時だけ見る。
現代は、「マス」で測れないのは、もうわかってるじゃん。
それなのに定型文を、ほぼいなくなった「マス」に向けて色々言ってみても、そこにいないよ。
そういう場面で可能性があるっていうコンテンツは「未来まで行き過ぎて理解が難しい」とか、未来へのアクセスに係わる場合くらいなんじゃないかな。
なんで、公共放送なのか?(それって国営とほぼ同義だって気づいちゃうでしょ、民間とのすみわけが半端になるわなぁ、民放の真似を半端にしてもつまんない)、何かアイデアがあるのか?いやないっしょ。って感覚で気づいてしまうので、あんまり見る気がしない。
言い過ぎるのもどうかと思うんで、あとはメディアの人が考えたらいいんじゃないっすかね?人材豊富なはずだしさ。こっちも、生き延びるために適宜勝手に色々考えてるんで、そっちのほうに注意を向けるのも、そろそろシンドイんだとおもうよー。
アメリカ大統領選から見る、僕らの本当のこと(即興)
さて、もういい加減に、面倒になってきた様々な煩わしいことの根源まで書ければいいなと即興で書き始めてみた。
あんまし、僕が書き書きするのより、こういう自然のヒトの残党みたいな名人の対談をちょっと覗いてみた方がいいね。まあ、続きをよみたければ遊んでやってください。
現在地から考えてみようかな。
「ヒトって生き物の正体」について
あのね、もともと二足歩行してたわけじゃないと思うんですよ。
四つ足でしょ。で、二つあまっちゃた、どういうわけか。
そして、それが「手」ってわけですよね。
これが、もはや最初の一歩ですよね。
どう使うか?
余ったのだから、生物・生命体はその資源を使うようになってますから、色々と使いますよね。
あとは、中略でいいかと・・・・
で、まぁ、人って群れで生きるものですが、タイプがいろいろありますけれどね。私なんかは、行ける場所があったらさっさと色々と見つけた場所を移動したいヒトなんですよ。
逆に、そこに居続けたいヒトもかなり多いんです。
ここらへんで、おおざっぱに二パターンの「ひと」が、でてくる。
皆さんも同じように、ここに居続けたいか、ちょっとほかのところも行ってみたいか?って、大なり小なりありませんかね。
旅行だって、そういうもんです。旅もそうです。移住もそうですね。
現代の引っ越しは知りません。そもそも、意識が強く働くケースが引っ越しには多いので、これは除外してもいいですね。きわめて現代の瞬間的な用語ですから。
時間軸を戻しましょう。
二足歩行を始めたら、まぁ縄文人とか、弥生人とか日本ではいいますが、地球ができてからの時間軸でいえば、誤差の範囲であちらこちらで、ぽこっと集団ができ始めますよね。そう、集団ありきなんです。
なんでか?
二足歩行の代償で、地面と脳が遠くなったんじゃないかと思うんですよ。で、三半規管みたいなものがどんな変化をしたかわかりませんが、とにかく、バランスを保ちながら、割と俊敏には動けるようになったみたいですね。
単純に、他の動物と比べたら、ですが。
でも、走れば、四つ足にはかないませんし、大きいガタイの動物には、パワーでかないません。同じサイズの似た動物(霊長類とかいうかな?)には、握力レベルでも圧倒的に弱者です。
で、頭使わなきゃっていうのが、いわゆる「定説」ですね。
それくらいしか、僕も、皆さんも多分知らないかもしれません。
特別な専門家は、もっと言いたいことがあるでしょう。
例えば、生物・生命体の構造が如何に普遍的であるか?とか。
そこは僕にとっても大切なんですが、多分、数十億人にアプローチしようとしたら、プロトコルを選ばないと広がらない。
でも理解はできる。困った現象がおきます。
だから、表現みたいな、わからんけれど、本能的に響くものが二足歩行には頭を使うとともに、どういう案分かしりませんが、伝えるとか、何かを感じる。とかいう作用が生まれたんじゃないかな。
そんな感じにしないと、集団は形成・維持できないもんね。
日本だったら、卑弥呼さんとか?でしょうか?
地球のどこかで誰かが、そのタイミングで固有名詞は後付けでいいんで、とりあえずセレクトされている。
そっから、ここまでが「歴史学」の扱う範囲になってる。
だから、まぁ「この辺りからでいいかな?」って、誰かが決めて、それが、有史以来の歴史とかいうコトバで言われる。
それって、ローマでも、日本でも、北アフリカでも、南アメリカの高地でも、インドでも、どこでもいいんですが、おおざっぱに言えば、水と平地と日が当たる場所あたりを中心に集まる。
そうなってますから。
だって、それがなかったら集団を維持できないでしょ。
そんな感じで、集団が移動したり本拠地から住む範囲を広げ続けたりして、突然、肌の色の違うヒト、また、骨格や何かがちょっとだけ違うヒトに遭遇する。
ちょっとだけしか違わないのに(個人的見解)、おおげさに驚いたりする。ちょっと見たことないから、理解できないし、怖い。
そうやって、コミュニケーションをとるか、排除するか。
かなり乱暴だけれど(トランプほどではない)、直感で対応していった。
そしてら、死んだり、生き残ったり、色々なストーリーがあって、ある程度の版図っていうやつが地球上にできてきた。
そんでさ、二足歩行の話に戻るんだけれど、二つ足が空いてしまったから、手になったじゃない。それが余分だったかうまく使うかって、どうしたらよいかヒトはわかんなかったんだろうね。
とりあえず、できちゃうことはどんどんやったら。
で、今から500年前っていう単位くらいかな?
多分、ある大陸の端っこでいつも海を眺めていたヒトが、この先になにがあるんだろう?ってずーっと思ってたところに、船が遠くまでいけるようなもんが出てきて、手元にやってきた。
「これで、この海の向こうみたいね、いけそうじゃん!」
って、感じで、そのあたりのヒトは結構いってみた。
んで、最初は行って、また「見たことのないひと」にであって、びっくりして、怖がったり、攻撃したりしているうちに、頭で考えたんだろうね。
「もしかして、こいつら、使えるんじゃね?」(ひどいことですね)
そうやって、色々な小難しいことを見せつけて、色々なことをやらせてみたら、案外うまくいった。味をしめて、船ってのでこの球体を一周できそうというか、どこまでいけるか、ここって住めるかな?的なことを地球って球体の「薄皮みたいな表面の全域」でおっぱじめた。
ただの薄皮みたいな「表面」の取り合いになったわけだ。
まぁ、仲良くやれよ(心のつぶやき・・・)
んで、大好きな小難しいことを色々とやりながら、時に、猫にやるマタタビってあるじゃないですか。それみたいに、なんだか変な感じに「ハイになる」やつを使っていった先で悪さをしてみたりしながら、すごいぞー!みたいな変な自信を持ってしまったわけだ。(アヘン戦争とかいうっけな?)
でも、そのままでやりあったら、一対一では、チンパンジーの握力の数分の一しか力なんてないことはとっくにわすれている(笑)
ある意味で、かわいい、爆!
そのあとが悲惨だった。
空を重い鉄の塊が飛べるようにごねごねしてみたり、ほかのいきものと同じだけれど、握力もすくないのに、大きな穴をほったりして、どうしようもないね。最初の方で書いたけれど、とりあえずできそうなことは全部やってしまえ!
それが、どんどんやりたい放題って感じに変わったんじゃない?ちがいますね?笑
大体、そんな感じで、今、ヒトが困っているのは、自分でこしらえたもんですよね、「核物質」とか、「核爆弾」とか、あれって、始末つくん?
いや、ヒトって昔からせいぜい、この丸いなんかの表面にぶつぶつ言いながら、歩いている感じですよね。
自分の生きるている間に、絶対にこれって、解体とか無毒にするとか、そんな感じのことできます?無理じゃん。できるんかい?
という感じで、それでももごもご言いながら、あちらこちらにどんどんそういう、ヒトが「毒」だって、知ってるものを増やしていったよね。自らね。
それって、この先、まだどんどんやるんだね。←いまここ。
どんな明るくって、前向きな人だって、流石にそれは「ダメでしょ!」ってならないんだよね。(本当は「今でしょ!」だっけ?知らんけど・・・)
お気楽な、動物たちの一員なんだって、そろそろ気づいてもいいんじゃない?って思うし、結構そう思う人もいたりするという気がするんだけれど、なんだか、ゴリラみたいなだみ声のこわーい人とかには、なんか言えないみたい。
その、ゴリラみたいなつよそーなひとも、実際にゴリラさんとけんかしたら、どうなるか知らんけどね。なんか忘れてないっすかねぇ。
身の丈ってやつ。んで、大概は、そのゴミ拾いみたいなことや始末の「末」の担当が、こういうの書いてる僕らなんだから、やめてくれよー、って感じなんだけれど、「末」担当の僕らのかなりが、何かの魔法にかかっているか、わからないけれど、ゴリラくんの推しなんだって。
えー、なんでー!とはならないみたい。
多分、元からのことで、二本の足が「手」になったころから、そこらへんはあんまり変わってないんじゃいかな。さて、どうしましょう。
続く???
いいよ、そろそろ書くの疲れた。一時間くらいたった。面白くもない感じになっちゃったしね♪
じゃっ♪明日。
すごいデジタル化。エイリアンズもびっくり!
デジタル社会でいえば、「Firewall-1」(イスラエル チェックポイント社/似た名前の企業があるが別もの)にですら「DMZ」という「非武装地帯」の概念がある。古いけれどね。リンク先。
つまりネットという「0/1」「機械語」が基盤だった、バーチャリズム優先の世界ですら、「グレーゾーン」を必要としていることは、人類の知恵であったはずなのだけれど、すでにデジタル化の比重が行き過ぎてしまったのかもしれない。自ら「DMZ」を「Disable」にしている様子がわかる。
自ら、DMZのような概念を壊していくのが、原理主義的な行動だともいえる。内部事情はそのコミュニティで解決してもらえばよい。外部に対しての行き過ぎやわざわざ「DMZ」を破壊していくことを誘導してみたりと、この世界は何がしたいのだろうか?
近現代史から見ても、自己矛盾に富んでいるし、同じ価値観でアメリカが構成されていることを今日は確認できた日だった。良いのだ。新しく確認できた概念があるというだけだ。
さて、日本も似たようなものだけれど、この時期は10年前より、日本の方がまだ「余白」をもっているように見える。まったく瞬間最大風速に過ぎないかもしれないけれどね。いや「かもしれない」ではなく、「過ぎなかった」になるだろう。
しかし割と、幅を利かせている国々は、大まかにいえば同じだろう。
そういう意味でエイリアンが住む場所としては、中央よりも、辺境の自然に近い場所も考慮した方がよさそうだ。文明の硬直化と、衰退の始まりを確認する一日だった。
さて、「ブレードランナー2049」の現実化の前に、どこかに移動しなければね。それは縄文人以前の人のようにだけれど。結構笑える大統領選挙だったね。真面目なだけにね。
石破氏もあれあれー、って感じで瞬間的に10年前の亡霊に足元を引き込まれて、発言が後退。次はあれだね。亡霊のドッペルゲンガーみたいなひと。で、共犯はやっぱり本来の筋から乖離した平和のなんちゃら党。気持ちの悪いバタフライ・エフェクトだなぁ。
あとさ、壁は必要ないと思うけれど、こっちの方が好感もてるし共感できるなー、いい塩梅だし。調和があるし。



























